ヒマラヤ - 7000m以上の山々 - *

* Set up 2008/4/1
* Updated 2024/3/4

ヒマラヤ - 7000m以上の山々 -


西部崑崙山脈

[Western Kunlun Mountains]
Kunlun Mountains

崑崙山脈

7000m以上の山 (Higher than 7000m Peaks)
++ / + Name Height First Ascent Note
Type
I 崑崙女神峰#5 [Kunlun Goddess#5]
(崑崙峰#13, P7167, Aksai Chin#22,31, Peak 56#24)
7167#1,2,5,12,13,22,26,30,31,38
(7081#35)
(7083#34)
(7120#2,3,16)
(7159#6,8,10)
(7160#4,7,9,11,14,15,17,18,19,20,23,24,27,28,29,33,36,37)
(7180#25)
(7206#32)
1986.8 日本 *1
Type Name Height First Ascent Note
xx / x
#1: 吉沢84, p163、青蔵高原山峰図89m
#2: Neate89, p192
#3: Bartholomew92m
#4: USSR-1/20-I-44-9-76m
#5: 蘭州氷河研究所2001m1
#6: 陸測-1/100-印-6-42m
#7: AMS-1301-1/100-NI44-48m
#8: 陸測-1/100-印-6-42m
#9: AMS-1301-1/100-NI44-48m
#10: Bystrom22m1
#11: USSR-1/50-I-44-А-86m
#12: Kielkowski98b
#13: 施2000, p43, p324
#14: Reise-Know-How2006m
#15: USSR-1/100-I-44-87m
#16: Gizi Map2005m
#17: Gecko Maps2005m
#18: RGS06m (メートル換算値)
#19: PGM10m
#20: SOI14m (メートル換算値)
#21: 施2005, p21
#22: AAJ Vol. 48, p439
#23: Deasy1900m (メートル換算値)
#24: Deasy01, p376 (メートル換算値)
#25: 統正社50 (第二五圖)
#26: 中国-1/100万地形図-I-44-97m
#27: Stein11m1、Stein11m2 (メートル換算値)
#28: Stein21m-5-29 (メートル換算値)
#29: Stein28m-4-15 (メートル換算値)
#30: 星球地図出版社2007m2
#31: Neate95
#32: AMS-1301-1/100-NI44-53m
#33: Baedeker14m
#34: TPC-1/50-G-7D-95m (メートル換算値)
#35: ブースマン83
#36: IGN74m-3
#37: ONC-1/100-G-7-66m (メートル換算値)
#38: 青蔵高原地図79m


7000m未満になった山 (Former 7000m Peaks)
++ / + Name Height First Ascent Note
Type
I チオン・ムズターグ [Qong Muztag#7]
(チョンムスターグ, 瓊木孜塔格#2,26, 琼木孜塔格#3,11,21,23,41,56,57,61,81, 中穆斯塔格山#39, Qong Muztagh#59, Kyung Muztang#24,28, Chung Muztagh#10,36,69,72,73, Chong Muztag#27, Chong Muztagh#63, Chong-muz-tagh#20, Diang Muzitage#13, Tschung Mustag#30, Tschoung Mouz Tagh#31, Zhongmusitageshan#77)
6920#4,10,11,12,20,21,22,23,24,25,27,28,30,39,57,61,64,77,78
(6764#32)
(6862#3,13,26)
(6918#16)
(6919#17,36,63,69,70,72,73,74,75)
(6962#1,2,41,56,59,81)
(6978#5,7,10)
(6981#66)
(7070#5,10)
(7059#10)
2000.8 日本 *5
Q Qong Muztagh East#62 c6976#62A
  (7005#62B)
2009.10 ロシア
I チョルパンリク・ムズターグ#8 [Cholpanglik Muztagh#8,19,55]
(Cholpanglik#10,29,33,34,35,38,68, Chelpanglik#20, Cholpanlik#59, Tscholpanglik#30, 車爾彭立克山#39,40)
6524#8,14,59
(c6500#15E)
(6508#37)
(6532#67)
(6574#10)
(6584#79)
(6614#10)
(6642#24)
(6785#18)
(7096#34,68)
(7102#5,10,17,60,78)
(7104#16,20,39,40)
(7105#6,9,19,29,30,33,35,36,38,49,51,53,55,64,71,72)
1989.8 日本 *2
I (Pk 3/52M#54) (6641#79,80)
(7032#38,49,51,53,54,82)
(7033#20)
(7041#78)
(7240#64)
  *3
 -> 阿尓賽依#3,47 [Arsai#47E] 6360#47
(6318#65)
(6332#76)
(6334#67)
(6407#43,45)
 
 
 -> P6782 6782#43  
I Pk 4/51L#54
(So-Kai-T'i Shan#76)
6076#3,47
(6048#42,46)
(6115#76,79,80)
(6133#65)
(6211#65)
(6340#42,46,48)
(6933#42)
(7073#49,50,52,54)
(7074#55)
  *4
I Pk 3/51L#54 5967#42,44,46
(6001#79,80)
(6161#76)
(7241#36,49,50,52,54,58,71,72)
(7242#55)
(7254#73,74)
 
Type Name Height First Ascent Note
xx / x
#1: 山岳年鑑89, p50、日本ヒマラヤ協会94、山と渓谷2000-2, p204-205、青蔵高原自然景観図90m
#2: 吉沢84, p303 (チオン・ムズターグ), p322 (チョルパンリク・ムズターグ)
#3: 青蔵高原山峰図89m
#4: 史93、史99, p10-11
#5: Neate89, p193-194
#6: 深田64 (巻末高峰表)
#7: Bartholomew92m
#8: 山岳年鑑90, p49-50
#9: 深田73(3), p416
#10: ブースマン83
#11: 西蔵自治区地図95m
#12: USSR-1/20-I-44-5-76m
#13: Nepa Maps 2001m2
#14: 仙台一高山の会90
#15E: USSR-1/20-I-44-2-84m
(等高線の表示からの編者推測値)
#16: 陸測-1/100-印-6-42m
#17: AMS-1301-1/100-NI44-48m
#18: 西蔵自治区交通図90m
#19: Stein02m (メートル換算値)
#20: Bystrom22m1
#21: 西蔵自治区地図冊2005m
#22: USSR-1/50-I-44-Б-79m
#23: 中国地図出版社97, p201-202
#24: Reise-Know-How2006m
#25: USSR-1/100-I-44-87m
#26: 西蔵自治區測繪局95m
#27: Gizi Map2005m
#28: Gecko Maps2005m
#29: RGS06m (メートル換算値)
#30: PGM10m
#31: Saint-Martin12m
#32: SOI14m (メートル換算値)
#33: Imperial Gazetteer31m-35 (メートル換算値)
#34: Times Atlas22m-55 (メートル換算値)
#35: Times Atlas22m-56 (メートル換算値)
#36: National Geographic46m (メートル換算値)
#37: USSR-1/10-I-44-4-84m
#38: Hedin09m (メートル換算値)
#39: 統正社50 (第二五圖)
#40: 統正社50 (第二六圖)
#41: 中国-1/100万地形図-I-44-97m
#42: USSR-1/10-J-44-134-82m
#43: USSR-1/10-J-44-135-82m
#44: USSR-1/20-J-44-31-84m
#45: USSR-1/20-J-44-32-84m
#46: USSR-1/50-J-44-В-85m
#47: 中国-1/100万地形図-J-44-97m
(#47Eのアルファベット表記された山名は、漢字表示から編者の推測)
#48: USSR-1/100-J-44-87m
#49: Stein11m1、Stein11m2 (メートル換算値)
#50: Stein21m-5-17 (メートル換算値)
#51: Stein21m-5-22 (メートル換算値)
#52: Stein28m-4-9 (メートル換算値)
#53: Stein28m-4-10 (メートル換算値)
#54: Stein23, p126-128 (メートル換算値)
#55: Stein08, 巻末地図 (メートル換算値)
#56: 星球地図出版社2007m2
#57: 中華人民共和国地形図2007m
#58: Trinkler30, p514 (メートル換算値)
#59: Neate95
#60: SOP-1/100-81m (メートル換算値)
#61: 中国地図出版社2001, p1-2, p45-46, p49-50
#62: AAJ Vol. 52, p331-333
(#62Aは頂上でのGPS表示(平均値)、#62Bは頂上での高度計の表示)
#63: AMS-1301-1/100-NI44-53m
#64: Baedeker14m
#65: TPC-1/50-G-7A-84m (メートル換算値)
#66: TPC-1/50-G-7C-94m (メートル換算値)
#67: TPC-1/50-G-7D-95m (メートル換算値)
#68: National Geographic12m (メートル換算値)
#69: National Geographic33m (メートル換算値)
#70: National Geographic42m (メートル換算値)
#71: National Geographic44m (メートル換算値)
#72: National Geographic45m (メートル換算値)
#73: National Geographic52m1 (メートル換算値)
#74: National Geographic63m (メートル換算値)
#75: National Geographic71m (メートル換算値)
#76: ATC-1301-1/100-NJ44-71m
#77: IGN74m-3
#78: ONC-1/100-G-7-66m (メートル換算値)
#79: TPC-1/50-G-7D-69m (メートル換算値)
#80: TPC-1/50-G-7A-68m (メートル換算値)
#81: 青蔵高原地図79m
#82: SOI 17m (メートル換算値)
  +
xx  
+
++ ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


概念図 (Maps)
・USSR-1/20-I-44-2-84m, I-44-3-76m, I-44-5-76m, I-44-9-76m, J-44-31-84m, J-44-32-84m・・・西部崑崙の地形図(1: 200000)
・USSR-1/50-I-44-А-86m, I-44-Б-79m, J-44-В-85m, J-44-Г-85m・・・西部崑崙の地形図(1: 500000)
・USSR-1/100-I-44-87m
・USSR-1/10-J-44-134-82m, J-44-135-82m, J-44-136-82m, I-44-2-84m, I-44-3-84m・・・Pk3/52M, Pk4/51L, Pk3/51L周辺の地形図(1: 100000)
・USSR-1/10-I-44-4-84m, I-44-16-84m・・・チョルパンリク・ムズターグの地形図(1: 100000)
・仙台一高山の会90, p20-21・・・西部崑崙周辺の概念図
・蘭州氷河研究所2001m1・・・崑崙女神峰の地形図(1: 100000)
・仙台一高山の会90, p42・・・チョルパンリク・ムズターグの概念図
・岩田他95, p50・・・西部崑崙の主要ピークの位置がわかる概念図
・青蔵高原山峰図89m
・Bartholomew92m
・Gecko Maps2005m
・Reise-Know-How2006m
・Gizi Map2005m
・青蔵高原自然景観図90m
・山と渓谷86-12, p28・・・P7167の概念図(同じ図が山岳年鑑87, p47、山岳 第82年 (1987), p49にあり)
・山と渓谷2000-2, p205・・・チョンムスターグへのアプローチルート図
・早稲田大学チョンムスターグ登山隊2000, p29・・・チョンムスターグへのアプローチルート図 (同じ図がリュックサックXIII (2001), p263にあり)
・山と渓谷99-12, p202
・岳人641号 (2000-11), p64・・・チョンムスターグへのアプローチルート図(ほぼ同じ図が山岳第96年(2001), p117、JAN Vol. 1, p4にあり)
・AAJ Vol. 52, p332・・・チオン・ムスターグ周辺の概念図
・深田73(3), p417・・・19世紀末の探査記録をもとにした西部崑崙山脈周辺の概念図
・施2000, p324
・施2005, p21
・山岳第96年 (2001), p131・・・西部崑崙の概念図
・TPC-1/50-G-7C-94m, G-7D-95m
・AJ Vol. 94 (1989/90), p87
・信濃高等学校教職員山岳会2011, p23, p24・・・アクサイ山群概念図
・青蔵高原地図79m

写真 (Photographs)
ХРЕБЕТ ЛЮШИШАНЬ
[Liuszi-szan]
Chkhetiani & Malakhov2006a, Photo 38 **
崑崙女神峰
[Kunlun Goddess]
山岳 第82年 (1987), p16-17間のカラー図版ページ *** [提供 = 早坂敬二郎]
(南面)ヒマラヤ No. 446 (2009-1), p23 ** (同じ写真が山森2009, p144にあり)
(from the southwest) AAJ Vol. 48, p439 ** [Otto Chkhetiani] (同じ写真がChkhetiani & Malakhov2006a, Photo 101にあり)
山と渓谷86-12, p27 ** [須ヶ原光弘]
東京農業大学88, 表紙カバー写真 **
(from south) Kielkowski 2005, p3 * [Fot. "Sangaku"]
(from the southwest) Chkhetiani & Malakhov2006a, p68 *
東京農業大学ブロード・ピーク登山隊92, p13 *
チオン・ムズターグ, チオン・ムズターグ東峰
[Qong Muztag, Qong Muztag East]
(from Pass of Chinese Friends)AAJ Vol. 52, p331 ** [Otto Chketiani](2009年ロシア隊の登山ルート入り)
チオン・ムズターグ
[Qong Muztag]
Chkhetiani & Moiseev2006b, Photo 90 ***
(頂上部)岳人714号 (2006-12), p125 *** [大谷映芳]
(頂上部, ジャンクションピークから)岳人641号 (2000-11), p63 *** [早稲田大学登山隊](ほぼ同じ写真が山岳第96年(2001), p123にあり)
(頂上部, スノードーム付近から)岳人641号 (2000-11), p66-67 *** [早稲田大学登山隊]
(頂上部)早稲田大学チョンムスターグ登山隊2000, p6-7 *** (同じ写真がリュックサックXIII (2001), p242-243にあり)
(頂上部, C2予定地から)岳人641号 (2000-11), p66 ** [早稲田大学登山隊]
(C2から)早稲田大学チョンムスターグ登山隊2000, p9 ** (同じ写真がリュックサックXIII (2001), p245にあり)
(北東から)岳人714号 (2006-12), p126-127, p128 ** [大谷映芳]
(北東から)山岳第96年 (2001), p119 ** [早稲田大学登山隊](ほぼ同じ角度からの写真がJAN Vol. 1, p6にあり)
(北東から)岳人 641号 (2000-11), p64-65 ** [早稲田大学登山隊]
(North face)AAJ Vol. 43, p406 ** [Eiho Otani](登山ルート入り)
(北から)山と渓谷2000-2, p138-139, p205 ** [児玉 茂](ほぼ同じ角度からの写真が岳人640号 (2000-10), p104にあり)
(BC近くから)早稲田大学チョンムスターグ登山隊2000, p5 ** (同じ写真がリュックサックXIII (2001), p241にあり)
(from summit of Qong Muztagh East)AAJ Vol. 52, p331 ** [Otto Chketiani]
岳人641号 (2000-11), p64-65 ** [早稲田大学登山隊]
早稲田大学チョンムスターグ登山隊2000, p5, p12-13 ** (同じ写真がリュックサックXIII (2001), p248-249にあり)
JAN Vol. 1, p3 **
Chkhetiani & Moiseev2006b, Photo 65 **
AAJ Vol. 49, p404 ** [Otto Chkhetiani]
(西面, セルズクレ湖付近から)山と渓谷99-12, p120-121 * [木野広明]
(ケリヤ川上流域から, 前衛峰の可能性もあり)山と渓谷99-12, p121 * [木野広明]
(山の輪郭がわずかにわかる程度の写真。ほぼ同じ写真がAERA (99-7-26), p54にあり)
Chkhetiani & Moiseev2006b, Photo 123 *
リュックサックXIV (2010), p182 *
橋本2001, p337 *
ムズターグ, チョルパンリク・ムズターグ, Pk 3/52M
[Muztagh, Cholpanglik Muztagh, Pk 3/52M]
(view from slope of Mudache Tagh, above Brinjak pass, to south-east and east) Stein08, Panorama IVa * (同じ写真がStein23, Plate 7Aにあり)
ムズターグ, チョルパンリク・ムズターグ
[Muztagh, Cholpanglik Muztagh]
(view from Tope ridge above Karanghu Tagh to south-east and east) Stein08, Panorama Ib ** (同じ写真がStein23, Plate 5Aにあり)
チョルパンリク・ムズターグ
[Cholpanglik Muztagh]
(南面)仙台一高山の会90, 巻頭カラー写真 ** [仙台一高山の会]
(南面, Pk6480からのパノラマ)仙台一高山の会90, p36-37 ** [仙台一高山の会]
Pk 3/52M (from above Brinjak Pass) Stein07-1, Plate 21 * (同じ写真がStein25a, Plate 2 にあり)
Pk 3/51L (view from Ulughat Dawan to south and south-west) Stein08, Panorama VI *


参考文献 (References)
・日本ヒマラヤ協会2001b, p168-173, p190-202・・・1980年以降の崑崙山脈の登山小史
・ヒマラヤ No. 287 (95-10), p19-23・・・1980年以降の崑崙山脈(ウルグ・ムスターグ以西)の登山小史
・岩田他95, p49-52
・上越山岳協会・中国人民体育出版社81
・Neate89, p193-194
・吉沢84, p303, p322
・山岳年鑑90, p49-50・・・チョルパンリク・ムズターグ初登頂の記録
・山と渓谷2000-2, p138-139, p204-205・・・チオン・ムズターグ偵察の記録
・山と渓谷1999-12, p120-121, p202-203・・・チオン・ムズターグ偵察の記録
・AERA (99-7-26), p54・・・チオン・ムズターグ偵察の記録
・岳人641号 (2000-11), p63-68・・チョンムスターグ初登頂の記録
・ブースマン83
・渡辺82
・深田73(3), p412-422
http://wiki.risk.ru/index.php/%D0%9A%D1%83%D0%BD%D1%8C%D0%BB%D1%83%D0%BD%D1%8C ・・・崑崙山脈を構成する小山脈や主要な山に関する詳しい解説 (ロシア語。accessed 2009/10/28)
・信濃高等学校教職員山岳会2011, p22-29・・・大西 浩氏による第24回雲南懇話会(2013/3/30開催)での講演資料が下記URLで公開されている(2023/10 確認)。
  https://www.yunnan-k.jp/k/24-20130330/657-20130330-24-02-oonishi.html

註 (Notes)
*: このWeb Siteで「西部崑崙山脈」とした山群については、文献によってさまざまな小山脈に細分されている。参考までに記すと次のようになる。[2010. 1 追記]
主要ピーク 旧ソ連参謀本部地形図
(カッコ内は表示地図番号)
青蔵高原山峰図89m Kielkowski2005,
p456-457
中国-1/100万地形図
(1997)
(カッコ内は表示地図番号)
Wiki (in Russia)
Web Site*
チオン・ムズターグ
[Qong Muztag]
ХРЕБЕТ УСТЮНТАГ
(USSR-1/50-I-44-Б-79m)
- - 烏斯騰塔格
(I-44-97m)
Устюнтаг
崑崙女神峰
[Kunlun Goddess]
ХРЕБЕТ ЛЮШИШАНЬ
(USSR-1/50-I-44-А-86m)
- Liuszi-szan 崑崙山
(I-44-97m)
Аксай-Чин
チョルパンリク・ムズターグ
[Cholpanglik Muztagh]
ХРЕБЕТ ЛЮШИШАНЬ
(USSR-1/50-I-44-А-86m)
-
阿尓賽依
(Pk 3/52M)
ХРЕБЕТ КАРАНГУТАГ
and/or
ГОРЫ КАРАНГУТАГ
(USSR-1/10-J-44-135-82m)
- Karanguta-szan 崑崙山
(J-44-97m)
Карангутаг
Pk 3/51L
Pk 4/51L
ХРЕБЕТ СУГЕТТАГ
(USSR-1/10-J-44-134-82m)
- - 喀拉塔格山
(J-44-97m) 
*URL http://wiki.risk.ru/index.php/%D0%9A%D1%83%D0%BD%D1%8C%D0%BB%D1%83%D0%BD%D1%8C (in Russia, accessed 2009/10/28)
**  
*1: 崑崙山脈唯一の7000m峰であるこのピークについては、近年まで正式な名称がなく、7167m峰、 Pk7167等と呼ばれていた。
1986年に初登頂した日本隊 (東京農業大学隊) の総隊長は「アグリ・ムスターグ(阿公李木孜塔格)」の名を送りたいと述べているという(日本ヒマラヤ協会96, p190)。
このWeb Siteでは中国側地図 (蘭州氷河研究所2001m1)に名称のある「崑崙女神峰」を採用している。
**
*2: チョルパンリク・ムズターグの標高については、青蔵高原山峰図89m等に表示のある6510m とする文献もあるが、このWeb Siteでは仙台一高山の会90の記述に従い6510m峰とは別のピークとした。
仙台一高山の会90の概念図と旧ソ連参謀本部地形図(USSR-1/10-I-44-4-84m, I-44-16-84m)
# に表示されたピークを北から順に比較表記すると下図のようになる。

チョルパンリク・ムズターグ付近のピークと標高
仙台一高山の会90 旧ソ連参謀本部地形図#
(USSR-1/10-I-44-4-84m, I-44-16-84m)
* N

チョルパンリク・ムズターグ -> 6524 6508 <- P6619の約2km北のピーク
6505 6619
青蔵高原山峰図89m等に表示のあるピーク -> 6510 6551
6530 6642
*  
2010.1編者註
 当初は、縮尺が20万分の1の旧ソ連参謀本部地形図(USSR-1/20-I-44-2-84m)を上記比較に用いていたが、この地図にはチョルパンリク・ムズターグに相当するピークに標高表記がないため、編者が等高線の表示から標高値(c6500)を推測していた。その後、チョルパンリク・ムズターグに相当するピークに標高値が記載された10万分の1地形図(USSR-1/10-I-44-4-84m, I-44-16-84m)を入手したので上図ではこれらのデータと差し換えを行った。
** +
*3:  オーレル = スタイン (A. Stein) は、第1次中央アジア探検時 (1900-01年) にコータン南方の Brinjak Pass から崑崙山脈上の雪山 (Stein23, p128の表記では、Pk3/52M : 緯経度 [35°59' 14" - 79° 24' 26"] 高さ: 23, 071 ft) を展望し測量を行った(Stein03, p211-214、Stein08, Panorama IVa、Stein07-1, Plate 21)。この山域には、W. H. Johnson が1865年9月に越えたとされる Yangi Dawan [Johnson1867] が位置することもあって、スタイン自身が Johnson の崑崙越えルート検証のために何度か入域している。入域記録は下記のとおり。
  • 1. 第1次中央アジア探検 (1900-01年)・・・コータン南方の Brinjak Pass 付近から Pk3/52M を撮影・測量 (Stein03, p211-214、Stein08, Panorama IVa、Stein07-1, Plate 21)。[1900年11月]
  • 2-1. 第2次中央アジア探検 (1906-08年)・・・Pk3/52M 北方の Nissa valley 源流域の2つの氷河(Kashkul Glacier, Otrughul Glacier)を遡行 (Stein12-1, p179-196)(ちなみに、Otrughul Glacier の名は、この氷河の下にある放牧地にちなんでスタインが命名している (Stein12-1, p188)])[1906年8月]
  • 2-2. 第2次中央アジア探検 (1906-08年)・・・Pk3/52M 南方の Haji Langar を北上し、 W. H. Johnson が越えたとされる Yangi Dawan を探索 (Stein12-2, p474-483)。スタインは "Snowy Col" (ca. 19, 900 ft) まで到達してパノラマ写真を撮影するが、足にひどい凍傷を負う (Stein12-2, Photo XIII、Stein23, Plate26B)。
    [1908年9月]
  後年スタインは、自身の探検・測量結果をもとに、この地域の地形図(Stein11m2, Stein21m-5-21, Stein21m-5-22, Stein28m-4-9, Stein28m-4-10、以下、スタイン地図と略記)を作成している(スタイン地図から Pk3/52M 周辺部を描き直した図を Fig. 1 (a) に示す)。スタインの探検から100年以上を経た現在では、より正確な地形を反映する旧ソ連参謀本部地形図(USSR-1/50-I-44-А-86m, 1/50-J-44-В-85m, USSR-1/20-J-44-32-84m, USSR-1/10-I-44-3-84m, 1/10-J-44-134-82m, 1/10-J-44-135-82m、以下、旧ソ連図と略記) が利用可能になっているので、スタイン地図との比較を行った (旧ソ連図から Fig. 1 (a) に対応する部分を描き直した図を Fig. 1 (b) に、"Snowy Col" 付近の拡大図を Fig. 4 に示す)
 Fig. 1 (a) スタイン図

(Stein11m2から作図)
Fig. 1 (b) 旧ソ連図

(USSR-1/50-I-44-А-86m, 1/50-J-44-В-85m, USSR-1/10-J-44-135-82mから作図) 
Peak Pass Village Glacier River, Valley
*Pk3: Pk3/52M (23,071 ft)
*CP: 23310 ft (Cholpanglik Muztagh)
*MT: Mudache-tagh
*TP: Tope
*KD: Khitai Dawan
*SC: Snowy Col
*YD: Yangi Dawan
*BD: Brinjak Dawan
*TP: Tope
 
*HL: Haji Langar
*NS: Nissa
*PS: Pisha
*OtG: Otrughul Glacier
*KaG: Kashkul Glacier
*CsV: Chomsha Valley
*YKR: Yurung-Kash River
*KKR: Kara-Kash River
*ASJ: Ak-Sai Jilga
*PnD: Panaz Darya
*PsR: Pisha River
*NsR: Nissa River
 両図を比較した結果、スタイン地図上の Pk3/52M 付近の地形表示が旧ソ連図とは大きく異なるため、Pk3/52M に相当するピークを旧ソ連図上で特定するのが容易でないことがわかった。主要な相違点は次のとおり (Fig. 1 (a)、Fig. 1 (b) 参照)。

 スタイン地図では、1908年8月に彼が Nissa valley を遡って探査した Kashkul Glacier, Otrughul Glacier 源頭部に Pk3/52M がそびえ、その南側に Yangi Dawan が存在するように描かれている (Fig. 1 (a) 参照)。さらに、Nissa valley 西側の Panaz Darya が Kara-Kash River 支流 Ak-sai Jilga の渓谷をさえぎるように北から南方向に大きく入り込み、Pk3/52M は Panaz Darya 源頭部の一角と接するように描かれている (Fig. 1 (a) 参照 )。
 これに対して旧ソ連図では、Kashkul Glacier と Otrughul Glacier
(旧ソ連図上にはこれらの氷河名は記載されていないが、スタイン地図上のNissa valley源頭域のほぼ同位置にある (Fig. 1 (a)、Fig. 1 (b) 参照)) 源頭部から Yangi Dawan の間に 6000m級のいくつかのピークが南北に連なり、スタイン地図に描かれた Pk3/52M のような単一の高峰に収束していない (Fig. 1 (b), Fig. 4 参照)。さらに、スタイン地図とは対照的に Ak-sai Jilga が Panaz Darya の渓谷をさえぎるように西から東方向に大きく入り込んでいるため、スタインが 1908年 9月に到達した "Snowy Col" (この地点の特定は後述する) は Panaz Darya とは接していない(このことから、スタインが "Snowy Col" から撮影したパノラマ写真内にみえる北方方向の渓谷 (Stein12-2, Photo XIII、Stein23, Plate 26A) は、彼が推測した Panaz Darya 源頭域 (Stein12-2, p480、Stein12-2, Photo XIII 参照) ではなく、Ak-sai Jilga 源頭域が相当することになる(Fig. 1 (b)、 Fig. 4 参照))
 スタイン地図-旧ソ連図の比較やスタインの著書の記述等を総合すると、スタイン地図上に記載された "Pk3/52M" は、旧ソ連図上では Kashkul Glacier, Otrughul Glacier 源頭部から Yangi Dawan の間に連なる山域内の異なる位置にある2つのピークであることが推測される。この山域の詳しい地形図がなかった時代、南北両方向から入域したスタインは、それぞれの方向から展望した異なる位置のピークを同一の "Pk3/52M" と誤認してしまったと思われる。

 それでは、スタインが誤認した "2つの Pk3/52M" は、山域内のどのピークが相当するのだろうか?

 現在ではWeb上の 'Google Earth' (URL: http://earth.google.com/) を利用すれば、地球上の任意の地点からのシミュレーション展望が得られるので、Google Earth とスタインの著作・地図、旧ソ連図の情報を組み合わせて、机上から "2つの Pk3/52M" の特定作業を行った。その結果は下記のとおりである。

  •  第1次中央アジア探検時 (1900年11月) 、スタインが "Pk3/52M" 北方の Brinjak Pass 付近から撮影した写真 (Stein07-1, Plate 21:以下、スタイン写真A と略記) を基準にしてGoogle Earth を使ってほぼ同地点・同方向から行ったシミュレーション展望の画像をFig. 2 に示す。Fig. 2 とスタイン写真を比較すると、Fig. 2 中央部に表示されたなだらかな雪の斜面 (Fig. 2 赤丸で囲った部分) はスタイン写真A内の氷河 ( Kashkul Glacier, Otrughul Glacier ) と類似したものになった。スタインは、Brinjak Pass 付近から Kashkul Glacier, Otrughul Glacier の背後にそびえる Pk3/52M の測量を行っている(Stein03, p211-214) ので、旧ソ連図 (USSR-1/10-J-44-134-82m, 1/10-J-44-135-82m, 1/20-J-44-32-84m)上で該当する氷河源頭部を調べてゆくと、6407mを最高峰とするいくつかのピーク (旧ソ連図ではいずれも標高のみ表記) が見出される(Fig. 1 (b)参照)(ちなみに、中国側の測量データをもとに作成された地図(青蔵高原山峰図89m、中国-1/100万地形図-J-44-97m) では、該当箇所の付近に 「阿尓賽依」 (6360m)というピーク表記がある)。スタインは、第2次中央アジア探検時 (1906年8月) に Nissa valley 源流域の Kashkul Glacier, Otrughul Glacier を遡行 (Stein12-1, p179-196) しているが、このとき彼が "Pk3/52M" とみなしたピークは、旧ソ連図上の6407m峰(あるいはこの近辺のピーク)であると推測される。
   
   Fig. 2 Brinjak Pass付近からの展望
(スタインの写真を基準にして編者が Google Earth でシミュレーションした画像)
(赤丸内は1906年8月スタインが Nissa から遡行した Kashkul Glacier 及び Otrughul Glacier を示す)

[スタインが撮影した写真は、2010.1現在、『「東洋文庫所蔵」図像史料マルチメディアデータベース』(URL: http://dsr.nii.ac.jp/toyobunko/)上で公開されている(Stein07-1, Plate21参照;
URL:http://dsr.nii.ac.jp/toyobunko/VIII-5-B2-7/V-1/page/0175.html.ja
   +
 
  •  第2次中央アジア探検時 (1908年9月) に、スタインが "Pk3/52M" 南方の "Snowy Col (ca. 19, 900 ft)" から撮影したパノラマ写真 (Stein12-2, Photo XIII、Stein23, Plate 26A, 26B:以下、スタイン写真B と略記) については、彼の著書や地図には撮影地点を具体的に特定できる地理情報が記載されていないので、"Snowy Col" の探索を机上で行った。
     探索方法としては、はじめにスタインの行動記録 (Stein12-2, p474-492) とスタイン地図をもとにして、彼が到達した可能性のある "Snowy Col" の候補地点を旧ソ連図 (USSR-1/10-J-44-135-82m, I-44-3-84m) 上からピックアップした。次に、旧ソ連図上からピックアップした各候補地点について、'Google Earth' (URL: http://earth.google.com/) を使ったシミュレーション展望を行い、得られた各シミュレーション展望の画像がスタイン写真B と類似しているか検証していった。
     この方法で探索作業を行った結果、旧ソ連図 (USSR-1/10-J-44-135-82m) 上の2つの無名峰 (6782m峰 と 6661m峰) 間のコル
    (旧ソ連図の等高線表示からの推定高度:約6380m) から得られたシミュレーション展望の画像が、遠景・近景両面でスタインのパノラマ写真Bとほぼ一致する結果になった (Fig. 3, Fig. 4 参照)。
     今回行った机上からの探索結果やスタインの行動記録等を総合すると、スタインが1908年9月に到達した "Snowy Col" は旧ソ連図 (USSR-1/10-J-44-135-82m) 上の 6782m峰と 6661m峰の間のコル (ca. 6380m) の可能性が高く、このとき彼が "Pk3/52M" とみなしたピークは、旧ソ連図 (USSR-1/10-J-44-135-82m) 上の 6782m峰と推測される (Fig. 3, Fig. 4 参照)。
Fig. 3 スタインが到達した 'Snowy Col' に相当するコル (ca. 6380m) からのパノラマ展望
(Google Earthによるシミュレーション画像)

 ((a), (b-1), (b-2), (c) はスタインが撮影した写真の該当範囲(出典は下記参照))
[これらの写真は、2010.1現在、『「東洋文庫所蔵」図像史料マルチメディアデータベース』(URL: http://dsr.nii.ac.jp/toyobunko/)上で公開されている]
  (*A - Gは、Google Earth によるシミュレーションと旧ソ連図(USSR-1/10-J-44-135-82m, I-44-3-84m) からの同定結果
    
 / 緑字は該当部分に対するスタインのコメント (Stein12-2, Photo XIII参照)

*
 
  • A: ca. 6760 (Pk 6721西方のピーク: 標高は旧ソ連図の等高線表示からの推測値)
    / 最高点 (おそらく三角測量された 23, 071 ft 峰) は撮影したパノラマ写真内には入っていない
  • B: Haji Langar北東の雪山群 (最高峰の標高: 6681m) / 三角測量された21, 750 ft のピーク
  • C: Pk 6661 / 21, 000 ft 以上の雪のドーム
  • D: ca. 6720 (Pk 6851東方の肩: 標高は旧ソ連図の等高線表示からの推測値) / -
  • E: Pk 6851 / Snowy Pyramid (ヤズィックアグル (6770m): 2011.8 日本隊(信濃高等学校教職員山岳会隊)が初登頂)
  • F: Pk 6601 / -
  • G: Ak-sai Jilga上流域 / 未探検の北に向いた谷。おそらく Panaz Darya に流出
  • H: ca. 6760 (標高は旧ソ連図の等高線表示からの推測値) / 三角測量された 23, 071 ft 峰の西の肩
  • I : Pk 6782 / -

+ 
 
Fig. 4 1908年9月スタインが到達した 'Snowy Col' 周辺図
( 旧ソ連図 (USSR-1/10-J-44-135-82m, 1/10-I-44-3-84m) から作図。机上からの探索で特定した スタインの 'Snowy Col' の位置を星印で表示 ) 
 [2010.1.26 註3 追加]
[2010.1.29 文意が通るように修正]
* 編者追記 (2010. 3. 24)
 スタイン地図 (Stein21m, Stein28m)については、国立情報学研究所のディジタル・シルクロード・プロジェクト (Digital Silk Road Project) のWeb Sie (URL: http://dsr.nii.ac.jp/geography/google-maps/ ) で Google Maps に対応させた形で公開されている。この作業の過程で判明した Google Earth との違いについては、西村・大西・北本2007 で考察されている。
* 編者追記 (2023. 10. 9)
 Fig. 1~4上でPk 6851 とされる山については、2011年8月にこの山に初登頂した日本隊(信濃高等学校教職員山岳会)は「ヤズィックアグル峰(6770m)」と呼び、この付近の山群を「アクサイ(阿克沙衣)山群」と呼ぶことを提案している(信濃高等学校教職員山岳会2011, p22-29)。
* 
*4:  カラカシュ河(Kara Kash River)の南側に位置するこれらのピークについては、スタインの第1次中央アジア探検時(1900-01年)に遠方(北面)から測量され(Stein08, Panorama VI)、山の位置と標高の情報が地図に記されている(Stein08, 巻末地図(ほぼ同じ地図がStein03, 巻末地図にあり))。スタインの第2次中央アジア探検(1906-08年)の際も、カラタシュ河の北方地域を何回も(編者の調査では少なくとも3回[# 編註]通過しているが、これらのピークに関する記述をみつけることはできなかった。中国の測量データをもとに作製された地図(青蔵高原山峰図89m、中国-1/100万地形図-J-44-97m)や旧ソ連参謀本部地形図(USSR-1/10-J-44-134-82m, USSR-1/20-J-44-31-84m, USSR-1/50-J-44-В-85m)では、これらのピークはどれも7000m未満の標高である。
* [# 編註]
 スタインの第2次中央アジア探検(1906-08年)の際にカラタシュ河北方地域を通過した記録としては(編者がスタインのいくつかの著書を調べた限りでは)次のものがある。
  • 1906年7-8月: スタイン隊の測量技師Ram Singhがスタインと別行動で、カラカシュ河沿いに遡りHindu-tash Passを越える探査実施(Stein12-1, p147, p174-175)。しかし、スタインは寡黙なRam Singhから詳細な行動を聞き出せなかったようだ(Stein12-1, p174-175)。
  • 1908年春-7月: スタインと別行動をとった測量技師Lal Singhが、Kilianとカラカシュ河中流域間の崑崙山脈北面を探査(Stein12-2, p422-423, p437)。
  • 1908年9月: 1865年9月にW. H. Johnsonが越えたといわれるYangi Dawan探索をスタイン自身がで試みた後、足に負った凍傷治療のため、カラカシュ河~カラコルム峠経由でラダック(レー)に戻る際に通過している(Stein12-2, p474-492、Stein21-3, p1324-1328)
 なお、Stein08, 巻末地図 (ほぼ同じ地図がStein03, 巻末地図にあり)やStein11m2にはこの付近に更にもう1つの7000m級のピーク(Pk 1/51L: 緯経度[36°10' 25" - 78°29' 46"] 高さ: 23647 ft [Stein23, p126] または23650 ft [Stein08, 巻末地図、Stein03, 巻末地図])の表示がある。しかし、このピークについては、スタインは後年その存在を疑問視(Stein23, p126)し、後に発行された地図(Stein28m-4-9)には表記されていない。旧ソ連参謀本部地形図(USSR-1/10-J-44-134-82m)でも該当位置には顕著なピークが見当たらないので、このWeb Siteでは考察の対象外とした。
   [2010.1.26 註4 追加]
*  
*5:  2009年ロシア隊は、2000年に日本隊が登頂したピークの約2km東にほぼ同じ高さのピーク(このピークに登頂したロシア隊はQong Mustagh Eastと記載)があることを報告している(AAJ Vol. 52, p331-333)。
 [2011.2 註5 追加]



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