図書室

No.4
『海の見える村の一年 
−新農村歳時記−』

(杉浦明平、岩波新書、1961年)

現在品切れ
(*上記写真は紹介した本とは関係ありません)


転換点の四季を記録

 
 1960年付近を日本社会の転換点とする見方がある。この時期を境にしてエネルギーは石炭から石油に、娯楽はラジオや映画からテレビに、政策は戦後の復興から高度経済成長へと変わっていった。当時を回想的、感傷的に描く映画や書籍などはあるが、私は同時代的な記録の方により共感をおぼえる。

 本書には、経済成長に組み込まれようとしている農村に起きたさまざまな出来事や人々の四季のくらしが克明に記録されている。舞台は伊良湖岬のある愛知県渥美町。著者は当時イタリア文学の研究やルポルタージュを記すかたわら町会議員もつとめていた。
 記録は1959年8月半ばから約1年をカバーしている。1年の間にこの地に起こった大きな事件としては、伊勢湾台風の襲来がある。台風によって多くの家が壊れ、農作物が被害を受けた。しかし、大きな被害を受けても農村の生活は忙しい。海でノリをとり、菊や大根を栽培し、沢庵を漬け、再びノリをとりに出かける。ノリは好景気のため、ムシロの材料を求めて豊橋や静岡県の磐田市あたりまで集めに行ったりもしている。

 この本の当時は小さな出来事であったが、現在から見ると時代の転換点といえるような生活の変化が記されている。列挙してみると次のようなものがある。

 @旧暦の生活から新暦の生活へ
(地区によって旧暦の正月を祝うところと新暦で祝うところがあったため混乱を生じたという。)

 A牛車から自動車へ
(最近では牛車というと、平安時代かインド映画かと思えるくらい現在の私たちの生活イメージから遠く離れてしまっている。)

 Bテレビの普及
(この町では伊勢湾台風後の好景気の結果、多くの農家が「大晦日に紅白歌合戦を見たい」という理由でテレビを購入している。現在ではこのころのテレビの急速な普及理由を「皇太子の結婚パレードを見るため」としているが、少なくともこの町に関してはそうではないようだ。ちなみに、今井和也「テレビCMの青春時代」(中公新書、1995年)ではテレビ普及の”皇太子御成婚説”をつくられた伝説としている。)

 本書の価値を高めているのは、本文の克明な記録の他に多くの日常写真が収録されている点にもある(写真は著者が撮影したものではなく、あとがきのなかで著者は写真への不満を漏らしているが・・・)。農作業やのり漁業の写真を見てゆくと、現在の農漁村では普通に目にするプラスチックやビニールでできた容器やひもが写されていない。さらに農漁業の作業にたずさわる人の密度が現在に比べてずっと多いような印象も受けた(兼業農家というのも本書のころは少なかったのだろう)。

 この時代以降日本の農業が変わっていったのは、1961年に制定された農業基本法に基づく農業政策の影響が大きかったと思われる。今年(1999年)7月には新農業基本法が制定され、農村は再び時代の転換点を迎えようとしている。高度成長期の”テレビ”に相当するものが現在のパソコン(あるいはインターネット)のような気がする。


(99.8)


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